4.「静かなる鼓動」
あの日から一か月は経っただろうか。面接後、冨士松さんは
「今働いている工場は小さい工場で惠さんが抜けるだけでも大変やろうから、ちゃんと退職して、うちに来れる日を教えてくれますか?」
と言った。
自分の都合ではなく、工場のことを第一に考えてくれるこの人となら、あの工場計画も上手くいきそうだ。
僕は奈良の工場の職人を辞め、職人としてマスターピースに入社した。決して逃げた訳ではない。日本の工場事情に一石を投じることによって、奈良の工場も盛り上げられたらと思っていた。何年かかるかは見当がつかない。でも、いつの日かそれが実現できたなら・・・
僕の決意は固かった。体の奥が昂ぶっていくのを感じた。
「惠さん、こっちです。」
冨士松さんに呼ばれた。
自社工場を立ち上げるにあたり、強力な仲間がいるとのことで、今日はその顔合わせだった。
「こんにちは!」
喜作な挨拶が聞こえた。
「野村さんです。元々、工場の経営をされていたんですが昨年引退されたので、経営の部分でご指導戴こうと思い、顧問として入って頂きました。」
冨士松さんは僕に野村さんを紹介した。
「君が惠くんですか? 話には聞いています! 冨士松さんが若くて良い職人がいると言っていましたよ!」
野村さんは満面の笑みで僕に話しかけた。この人の笑顔にはとても惹きつけられる。
「冨士松さんからこの計画を聞かされた時、私もなんとか力になりたいと思いました。自分自身何か出来ないかと考えたこともあったんです。」